2010年06月30日

ねこタクシー

100630_0914~01.jpg
"うーは大きくなりましたよ"

私がちょっと失くしかけてたのは何だろう?の記事を書いた翌日のコト。
お昼ごはんを食べ終えて、料理の本を偵察に本屋さんに行った。
料理の本って「いいなぁぴかぴか(新しい)」と思うものはたくさんあるけど、
実際にそれを「作るか?」ってとこがポイントだと最近わかった。
キレイでおいしそうでも、材料がなかなか我が家の日常にないものばかりだと、
結局「いいなぁ」で終わっちゃうんだよね。
そんなわけで、中身を見て実際に作れる本を楽天で買うというかわいい

その途中のコーナーでふと目に留まった、猫の表紙の本。

猫「ねこタクシー」

後になって調べてみたら、これは上下巻だったのかぁ。
私が手にしたのは(下)でした。
なんとなくその三毛猫に惹かれて、なんとなくぱらぱらとめくってみた。

めくってみたが最後、流し読みだけど最後まで読んで・・・
あやうく本屋で号泣する所でした;
というか、涙出ちゃったけどたらーっ(汗)

これは映画化なの?(TVほとんど見ないから世の中に付いていってない)
でも、押し付けがましいペット愛の本ではなくて、
御子神さんという三毛と、中年の主人公のパートナーぶりがとてもいい感じです。
すごーくいやーな感じの保健所のヒトとそのお母さんが、
このねこタクシーに乗ったときのやりとりがね、
御子神さん=その他大勢の猫ではなく、御子神さん=その猫Only Oneな所がね、
猫と暮らしたことがあるヒトなら、シミジミ心にくると思う。
猫だけでなく、動物と一緒に暮らし、対等に生きたことあるヒトならみんな。

本の終わり方も、とてもよかった・・・のだけど・・・𕾶
とてもキレイな時間を過ごせてよかったね。
そう言えるような、静かでキレイな終わり方です。

私がこの本で初めて「そうか」と思ったことがありました。

ムナカタさんだっけ?保健所のヒト。
保健所のヒトも、好きで動物の命を奪っているわけではないんだって。
ねこタクシーを調べに来て、主人公達に言う冷たいセリフ。
猫や動物の意志も考えず、お金儲けのために動物をダシにして・・・って、
このヒトのそういうセリフと冷たい視線で、気づきました。
私にとっても保健所は憎しみの対象とも言えるんだけど、
そうか、捨て猫・捨て犬を生み出す人間が、憎むべき存在なんだ。
このムナカタさんだって、その痛みを知ってるヒトなんだよね。
だから、動物をダシにするような事柄に敵意爆弾をむき出しにする。
・・・私もそういう↑部分、持ってる。

あまりにも初歩的なんだけど、そこに気づきました。

他から見たら、
本の中の獣医さんの言うように老猫にムリさせてるように見えるのかもしれない。
でも、御子神さんがタクシーに乗ることを生きがいにしてる。
それが御子神さんの生きる源、っていうのはね、
やっぱり、当人同士・当事者にしかわからない絆なんだなぁ。
それも、きっと猫たちと暮らしたことがあるヒトなら「そうね」って。
タクシーにまた乗れるようになった御子神さん。
好きな場所にいられて、好きな時間を過ごせてしあわせだったよね^^。

完全に上下をきちんと読んだわけではないけれど、
とてもいい本に巡り会ったなぁかわいいと思いました。
私はどうしてもどうしても泣いてしまうので、
良い本だけどこれは手元において置けないけどね。

私にとっての御子神さんは・・・ササかなぁ。
ササは決定的だけど、成かなぁ・・・
いや、やっぱりみんなそれぞれ御子神さんかーぴかぴか(新しい)
posted by りゅう at 22:44| ◆思うコト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月28日

あの時は

あの時はどうして、あんなにがんばれたんだろう?

今年の春に大改悪爆弾をして愛想をつかしたgooメール。
ふと思い出してログインしてみたら、
シンプルメールという機能が選べるようになっていた。あら。
エキサイトのフリメにほとんど変えたけど、
ケイタイからもgooはログインしてメールを見ることができたからね、
緊急の猫のSOSメールとかに対応できてよかったのにーって残念だったんだよね。

どんなにどんなに大改悪だったかは、すでに世の中で散々話題になったからいいや。
とりあえず、使いやすくなったかどうか、しばらく様子を見てみよう。

あ、そうそう。
文頭の「あの時はどうして、あんなにがんばれたんだろう?」はこれ、
gooメールの過去のメールも移動措置が終わって読めるようになったので、
整理がてらに読んで、心に浮かんだ言葉なのでした。

2003年から使ってたあのアドレスには、いろんな気持ちが詰め込まれていました。
メイを拾った時のことあたりから。
リナの闘病、メイの闘病、タヒボ茶のこと、ホメオパシー、ジェモセラピー、
猫屋敷リンクのみんな、ニンナナンナさんのアドバイスと心遣い、
病気になってしまった子の心配、みんなのバトン。
猫屋敷だけでなく、旅立ったにゃんこ達への想いだったり、交流だったり。

ゆずが旅立ってからちょうど1ヶ月の私。
特に落ち込んでいるわけではないけどぽやーっとしたまま、
ムシムシした梅雨に機嫌が悪くなったり。
なんか、自分の中で何かがきちんと「合っていない」感覚にいらいらする。
なにか足りないような、なんだろう。

リンパ腫やら何やら、そういう病気からは解放されて気がラクのはずなのに。
「あの頃」の私と比べると、何か今の私はビミョウだ。
・・・あの頃の私は、自分から見ても何かがんばっていた気がするなぁ。
大きな闘病から離れた「平和ボケ」って障害なんだろうかもうやだ〜(悲しい顔)

>りゅうさん、振り返ってみればお世話を出来るその時間は本当に宝物ですね。
私は分かっているつもりでいました。
でもやっぱり本当の意味では分かっていなかったような気もします。


にゃんこ友達が私のメールの返信で書いてくれたこの言葉が、
静かに、とてもきらきらしていました。

ああ、そうか。

大変でもなんでもない日常。
ごはんをあげて、トイレを掃除して、時々一緒に寝転がって。
うりをだっこして思いっきり引っかかれた肩の傷たらーっ(汗)だって、
平和でキラキラした時間の一片なんだよなぁ。
いつのまにか、忘れてたのかな。
一緒に過ごせる時間は限られていて、とてもキラキラした綺麗なものだって。

あの頃はわかっていたコト。
いつのまにか、
当たり前を「当たり前」にしか捉えないココロになっていたのかなぁ。

ふと、ササやフミ、はね達を探して、あ。と思う時も未だにある。
メイが死んでしまった時のふとんとか、未だにしまったケースを開けられない。
たぬきが死んでしまった後で、残った木のお皿を見た時のぽっかり感。
ゆずのために買ったおむつやシニア缶詰の残りを目にした時の・・・。

1Fの猫部屋に入ると、なる・空・ハル・くりがすぐに駆け寄ってくる。
体格のいい(デブともいう)♂にゃんこの方が甘えん坊。
肥え太れーコエフトレーと呪文をかけながら、ごはんの配膳をする日常。
エイズキャリアでも白血病キャリアでも、
みんなこんなに肥え太って、元気に暮らしてくれて。

私は何がしたかったんだろう?
どうしてこんなにイライラしたり自分を卑下してるんだろう?
今の自分があまり好きじゃないなら、この辺でよーく考えてみよう。
というか、
あの頃の私は「何か」に突っ走ってたから、それがヒントなのかなとも思う。
またしっかり、少しずつ自分の足場を整えていこう。
posted by りゅう at 23:25| ◆旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする