2018年06月06日

6月6日

遠く離れていてよかったこと。
それは、かんたんに自分をごまかせること。
でも時々やっぱり、ふとした時に現実が顔を出す。

「明日はムームー(6/6)の日」と昨日、妹からメールがあった。
その言葉と写真を見た途端、悲しいのかなんなのかぼたぼたっと涙が出た。

先月1か月程実家に帰っていた時、灰色カワウソの姿はもうなくて、
そのかわり、リビングの北の棚にどーんと天壺が鎮座していた。
「天にゃ、ただいま」
ごはんを食べる時もTVを見ているときも、天壺がすぐそばにいる。

隣の和室は現在の猫部屋。栗、なる、空、華が静かに生活。
空がぎょっとするくらい痩せていたのは、天がいなくなった事も1因だと思う。
ハナミズとくしゃみが酷かったので、うりと一緒に病院でコンベニア注射を打ってもらって。
毛刈りしたり遊んだりしているうちに、少し元に戻ったような気がした。
この4匹は、私がずっと離れていても、
帰ってくると時間の壁なんてまるでないように昔のまま接してくるんだよね。

その反面、「だれ?」って顔をするのがうりときぬ。キリはまぁちょっとしたら思い出すけど。

160904.jpg 2016天とうり

天がいなくなって変わったコト。
うりときぬ、みんなバラバラな場所で寝ていることに気づいた。
時々おしりをかじったり毛をむしったりしていたけど、この2匹はほとんどいつも天のそばにいた。
大きな猫たち(ハルやくり)にギャングのように挑む天も、
自分の後に来たこの2匹にはかじられてものぼられても、全然気にしてなかったもんね。
その天が居なくなってしまって、
でもくっついて眠るのはにーにーだけだ!とそんな気持ちなのかなぁって。

時々そういう現実を思い知ると、ああ、天はほんとに死んじゃったんだなぁ…って急激に落ち込む。

でも、天は違う部屋で寝てるようにも思える。そうやって現実をごまかす。
年を取ると、こうやって悲しさを薄めたりするものなのかなぁ。
posted by りゅう at 15:30| Comment(0) | ◆思うコト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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