2018年01月29日

天に昇っていくムー

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14:30前に妹から出棺メールが届く。
動かない天の写真を見るのはこれが初めて。
でも少し影になっているせいか、灰色カワウソに見えなくて、
天じゃないような気がする。
でも、「に」って感じに口角が上がってるのは、やっぱり天っぽいかな。

これで天の体がこの世からなくなってしまう。
ずっと取っておけるわけないのはわかってるんだけど、
やっぱり死んでしまったことを認めたくなくてうめき声とともに泣いた。
妹がメールで
「立派な棺にいれてもらったムー。これから天に昇るムー」とか、
ムームーいってる天の口調をまねるから、悲しくて悲しくて。

最後になでることができなかったので、
はねと同じように天の灰色の毛を少し切っておいてもらった。続きを読む
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2018年01月27日

埋葬→初めての火葬に

たぶん目の前に姿がないから、現実逃避ができるんだと思う。
自分をごまかそうと思えば、なんとかできる。

でも、灰色カワウソがテーブルやいすの脚に頭をこすり…こすり…
ってする姿を思い出すと、
大声でわめきたくなる。壁に頭をぶつけたくなる。

でも、そんなことをしても天が生き返るわけでもないので、
心をぎゅっと固く閉じ込める。

天の埋葬は妹がお休みの日、少し先の1/29かなぁと言っていた。
今までのみんなと同じように、庭にお墓を作るのだと思っていたら、
母が今回からは移動火葬をお願いしようと思う、妹ともそう話した、
と電話で言われた。
雪が降ったりちらついたり、地面も凍っちゃってるから…って。
でもハクも1/22で同じ頃だったよね?あの時もお天気ビミョウで。
あ、
数年前と思っていたら、同じ時期に埋葬したハクってもう10年前なんだ。
ハク、ササ、はねって、あの怒涛のような闘病から10年も経つんだ。
なんか隠居状態だから、
私が西の地に来てすでに5年も経つことに今更気づいたような。

ゆくゆくは実家を建て直すかもしれないし、
誰も住まなくなった後とか、
みんなのホネがそのままになってるのもイヤだなと思っていたこともあって、
火葬して骨壺を家に置いておくのは、確かにいいかもしれない。
それならササとか今までの子もそうしたかったな・・・
でも、歴代の猫骨壺を考えたら…それはそれでちょっとすごいことに。
骨壺部屋ができてしまう。続きを読む
posted by りゅう at 17:44| Comment(0) | ◆旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月24日

雪の中、天還る

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「むーむー(天の愛称)が急変した」と、
「誕生日おめでと!」メールの妹からの返信が、突然の危篤を知らせるものだった。

3日前に「食欲が落ちた」と上の写真が送られてきたんだけど、
毛ヅヤもいいし、それまでカゼのような症状もなにもなかった天。
昨日母と電話した時には、
ふやかしたカリカリじゃなく固いカリカリを食べてたと聞いて、
寒さで一時的に食欲が落ちたのかな・・・と思っていた。
「ふやかしとか年寄り扱いするな!ってコトじゃない?」と笑い、
シッコも出ているようなので、脱水に気をつけて・・・と言っていたばかりなので、
何が起こったのか全くサッパリわからないのが本音だった。

電話をすると、
病院の外に出てきた妹は「雪が降ってきて寒いー」といいつつ、説明をしてくれた。

今朝、こたつの中に絶対入らない天が、こたつの中にいたという。
その時、体温がかなり低くてぐったりしていたので、
妹と母が慌てて病院につれていったのだけど、
病院に着いたら呼吸が荒くなったらしく、そのまま体温の改善と検査をしているとの事。

ポリポリと固いカリカリを食べる昨日の様子を見ていたら、
こんな風になるなんて全然思わなかった、と言っていた。

お昼過ぎに送られてきた血液検査の項目写真は、CKの値がかなり高かったけれど、
肝機能の数値も高めとはいえフミのようなすごい異常でもない。少し高め。
院長先生が胸水か腹水が溜まっているかも・・・と言っていたらしいけど、
お水じゃなくガスがたまっているようだった。

家でできることがないので、
輸液や体温回復の処置、エコー等をお願いして一度帰宅したのだけれど。

便りがないのは無事の証拠。
体温があがればきっと大丈夫。

そう自分に言い聞かせていたのに、
天は16時頃そのまま、遠い空へと還ってしまった。そう連絡が来た。

金木犀の香る頃に旅立った、たぬきと同じように、突然だった。

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酷い状態でわが猫屋敷に来た時から13年。

時にハルヲとケンカをし、栗をハルと思ってかじり、キリを追いかけまわした天。
両手がすこし不自由でも、そんなことものともせずに階段を走りあがった。

どたどたどたっ、とあの走り回る天の音。
ああ、実家に帰ってももう聞くことはできないんだね。
あの灰色が旅立ってしまうなんて、夢にも思わなかった。
今も信じられないけど。
写真を見て大声をあげても、大泣きしても、戻らないものがある。
あの灰色が、カワウソが、
まだ12歳だよ、旅立つのは早すぎる。
突然すぎて、大声で叫びたくなる。
お正月、帰れるなら帰ればよかった。
でも、こんなことになるなんて・・・思いもよらない、
心の底から思いもよらない旅立ちだったんだよ、天・・・

天が還り、
天国はまたハルを筆頭においかけっこが始まってにぎやかになるのかもしれない。
でも、猫屋敷はまた、静かになってしまったね。
「むー」って鳴く天の声はまだ耳にあるのに、
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
500記事目が、まさか天の旅立ちの報告になるなんて。
まさか、とか、どうして、とか、もう本当に、イミがわからない。

天にゆかりのある皆さん。

このblogを通じて、天ほどいろんな人に助けられた猫はいないと思います。
みんなのお祈り、みんなの情報のおかげで、
天の折れた両手は、
切断することなく、か細いけれどしっかりと天を支えてくれました。
カワウソと呼ばれるほどに、ずっしりとたくましく生きることができました。

今は記事を書くことも休み、連絡を取ることできもなくなってしまいましたが、
それでも今でもずっと感謝の気持ちは消えません。
あの頃使用していたgooメールがもう利用できないのでこちらでお知らせ致します。
天を、猫屋敷を、助けてくれてありがとうございました。


追記:1/25母からの電話で、天は腸閉塞かもしれないとの事でした。
お母さんがもっと早く気づいていれば・・・と自分をかなり責めていたけれど、
嘔吐も下痢もなく、症状が食欲不振だけではすぐに思い至らないと思う。
言われてみればおなかが膨らんでいたかもと言っても、
天もくりも普段からおなかたぷたぷだし。
様子を見てしまうのは、仕方がなかったと思う。

それでも後悔はやってくる。
天を預けて1匹にしてしまったから、もうあの病院に行きたくないという母。
お母さんはずっと天と一緒にいたから、どの猫よりも今回のお別れがつらいんだ、と。
もっとなんとかできたんじゃないか。
病院じゃなく、家でみんなで看取ってあげたかった。
でも、もしかしたら復活するかも。
なんとか間に合うかもって思ったから、先生もそう思ったから、
治療や検査をしたのだから、それが悪かったわけではないよね。
コマみたいに眠っているうちに手をつないで逝けたらそれが一番だけど、
うちの猫はあの病院や先生が好きだから、まったくの独りぼっちではなかったよ。
苦しいから鳴いただけで、怒ってはいなかったと思うよ。
そう思いたい。

何年も猫と暮らしていても、
どんなに気をつけていても、やっぱり、病気は思いもよらないことが多いです。
posted by りゅう at 18:12| ◆旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月16日

ペット霊園での1日

夫実家では義母(いつもは漢字を変えずにお母さんと呼んでるけど)と、
プチちゃんの1人+1匹生活。

訃報を聞いて義妹Tちゃんがペット霊園に電話をして、
翌5/15に火葬の手配をしたとの事でした。
5/15は葵祭があるから、ちょうどその日お休みをいれていたんだけど、
初めて一緒に暮らした18才の子を見送るため、一緒に大阪に行ってきました。
葵祭は私が元気だったらまた来年行けるもんね。

大阪実家に着くと、バスタオルにくるまれたプチちゃんは穏やかな顔をしていました。
これは、苦しくて逝った表情じゃないね。
いつも自分がいた棚の下で亡くなっていたいたそうだから、
お昼寝していて、ふっと魂が抜けたんじゃないかな。
我が猫屋敷の犬君やリナ、ハクのように。

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歩いていける距離に数年前にできたという新しいペット霊園。
早歩きのだんなさんをよそに、お義母さんとゆっくり話をしながら向かいました。続きを読む
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2012年03月11日

遠くに行ってしまったね

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ハルオが旅立ってから、早いものでもう1ヶ月です。

だんだん痩せてきたものの、デポメドとコンベニア注を打ってもらって。
強制給餌をしたほうがいいと思います、という妹のメモを見てごはんを食べさせて。
ヒサビサの強制給餌。
ハルの口の中が痛い時はできないと思ってやっていなかったのだけど、
デキサとか注射のおかげで赤みも痛みも引いたみたいなので、やってみた。
手慣れたものだなぁ。

ハルもちゃんと食べ、
夜には私達のごはんの「ツナときゅうりの和え物」の匂いに、
それなに?それなに?と目を見開いて匂いを追っていたんだけど。

でも、その夜と前の日の夜。
フミやメイが死ぬ前に出したような、低い不思議な声で鳴いた。
だから、もしかしたら死期が近いのかも。
1ヵ月後は生きていないかも、と思った。

でも同時に、食べるなら大丈夫とも思った。
目も輝いてた。
妹のヒザの上で丸くなるハルオに、「明日もがんばって食べようね」
食べないとあきらめないといけなくなるけど、
でも食べてくれるなら、少しずつでも元気になる希望が出てくるんだよ。

そう、ハルに話していたのに。
がんばってくれてありがとうね、とも伝えたのに。

翌朝の2/14。
起床して猫部屋を見た私の眼に、ケージの前に横たわるハルがいた。
まだほんのり温かかった。

トイレに行こうとしたの?
それとも、私達を探しにみんなと眠るケージ部屋から出たの?
それとも、ササたちが迎えに来た?
大猫部屋のみんなに見守られて、逝けたのかな。

ハルはエイズキャリアだったから、エイズが発症したのだと思っていた。
それでも、白血病のように急激な変化はなかったね。
ただ、少しずつ少しずつ痩せていって、食欲も落ちて。
でもまさか、昨日の今日でお別れとは、思いもよらなかった。

寒くないように、たくさんの花をハルのお墓に入れたんだ。
穴を掘っているとき、ハルを窓の近くに置いておいたら、
「おい、そんなとこで何寝てるんだよハルオ」とでも言うように、
珍しく天が窓の向こうからハルに手を伸ばしてたそう。
妹がそれに気づいて、少し笑った。

妹と一緒に掘っているとき、ホネを見つけたよ。
これどこのホネだ?と思ったら肩甲骨。そして、頭骨も出てきた。
位置的にそこは、ササかフミなんだけど、ササはフミと向かいあうように、
唯一、北枕東向きで眠っている猫。
それがないということは・・・誰だろう?
ヒサビサに外界で会った頭骨は、思ったより小さくて、とても静かだった。
ハルとお話をしてもらえるように、ハルの顔のそばに、ホネを戻した。

後から、あの位置はハクだったねと妹と話した。

ハルオはうるさい猫なわけではないけど、
目が会えば「にゃー」といいながらこちらにすぐ駆け寄ってきたので、
なんだか大猫部屋にはいると喪失感が大きい。
今でも、あまり部屋に入れないよ。
時々バクハツして、頭をぶつけたくなってしまう。
みんな私をおいて死んでしまう。死んでしまって遠い所にいってしまった。

去年の今の時間はまだ、私たちはとても平和だった。
1時間後には、あの大きな揺れと想像を超えた津波の映像と、ずっと続く余震と。
そして今も続く地震と放射能。
世界は一変してしまったね。

年をとるってことは、心の傷みに言葉を失い、口を噤むこと。

でも、無気力になった時にそばで支えてくれるのは、いつも猫たち。
地震も放射能もあほな政府も関係なく、
日々日々生きて、そばにいてくれる。

遠くに行ってしまった君達も、
いつか忘れずに、私を迎えに来てくれるのかな。
今もそばにいてくれるのかな。
posted by りゅう at 14:03| Comment(2) | ◆旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする